誰でも知っている日本の代表的な童話作家でありながら、「短編小説」と言ってもいいくらいなかなか一筋縄ではいかない作品が多く、子どもへの読み聞かせに向く作品のあまりない、宮沢賢治。
その中で「どんぐりと山猫」は、どんぐりをはじめ秋の風物詩がたくさん登場し、子どもも素直に楽しむこともできる物語のひとつです。
では、いくつも出版されている「どんぐりと山猫」の絵本のなかで、どれを子どもとたのしみましょう?
そこで、代表的な3作を読み比べてみました。どれも力作で優劣つけることはできませんが、今回は「子どもと読む」ことをふまえて紹介しています。
かんたんな作品紹介
たくさんの童話や詩を書いた宮沢賢治ですが、生前に出版されたのは2冊だけ。それは「春と修羅」という詩集と、9作が収録された童話集「注文の多い料理店」で、その童話集の巻頭を飾っているのがこの「どんぐりと山猫」です。最初に創作した大正10年から出版まで、3年の月日があります。
当時の「注文の多い料理店」のチラシには、この物語について「山猫拝と書いたおかしな葉書が来たので、こどもが山の風の中へ出かけて行くはなし。必ず比較をされなければならないいまの学童たちの内奥からの反響です。」と解説されていたそうです。
あらすじ
ある土曜の夕方、かねた一郎のうちに届いた1通の手紙。それは山ねこからで、たどたどしい文字で「裁判をするから来てくれ」というようなことが書いてありました。
よろこんだ一郎は、翌朝さっそく出かけます。栗の木、滝、きのこたちに道を聞きながらようやく辿りついたところには気味の悪い男がおり、一郎を山ねこのところへ連れていきました。
その威風堂々とした様子の山猫が言うには、もう3日もどんぐりたちの裁判をしているがまだ決着がつかないので、一郎の考えを聞きたいとのこと。一郎は、口々に「自分が一番えらい」と叫ぶどんぐりたちに、お説教で聞いたことがあった「この中で一番ばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが一番えらい」という話しをして、どんぐりたちを黙らせます。
山猫は一郎に、自分の裁判所の判事になってくれと頼み、引き受けた一郎にハガキの文面を提案するも、一郎はその文はおかしいと否定。そうして、お礼に黄金のどんぐりをもらい、きのこの馬車で家に送り届けられた一郎でしたが、家についたときには馬車もなく、どんぐりも茶色にもどり、その後も山猫からハガキがくることはありませんでした。
ポイント
秋の風物詩に彩られた景色の中を日常から非日常へ、そしてまた日常へ戻ってくるファンタジー。子どもたちの大好きなどんぐりがたくさん出てきて、しかもかわいい言い争いをしていて、しかも「なるほど!」と思える一郎の言葉でスッキリ解決。もう2度とあの場所へは戻れない、夢から覚めたような余韻が残ります。
おかしな手紙を受け取り、道々示される方向を、おかしいなおかしいな、と思いながら進み、おかしな格好の馬車別当に会い、威風堂々と言うよりは、去勢を張っているような山猫の様子がちょっと滑稽で可笑しく、赤いズボンをはいたたくさんのどんぐりたちが、言葉通り「どんぐりの背比べ」よろしく、誰がえらいか争う様子も可笑しく、急に態度を変える山猫もおかしく、おかしな形の馬のひく馬車で帰っていく・・・
おかしいことがいっぱいで、そのおかしさが、物語を楽しくもさせ、得体の知れなさもただよわせます。
この「おかしさ」の最たるものが馬車別当で、なにしろその様子はこんな感じ・・・
その男は、片眼で、見えない方の眼は、白くびくびくうごき、上着のような半天のようなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがって山羊のよう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだったのです
本文より
この、物語の中の大きな違和感を、絵でどんなかんじに描き、ストーリーに馴染ませるのか・・・こういうのも読み比べのたのしみですね。
宮沢賢治の童話は、自然や人間へのメッセージが込められ、深読みすればいろんな読み方ができます。でもここはひとまず、素直に子どもと楽しみましょう♪
田島征三 絵「どんぐりと山猫」ミキハウス
絵本らしい親しみと、物語の秘める得体の知れない不気味さのバランスが絶妙
もう、表紙がいいです。いかにもおもしろそうで、絵本の表紙らしい♪
描かれる場面は、一郎の部屋、栗の木、笛吹きの滝、きのこたち、りす、深い森、馬車別当の登場、馬車別当との会話、山猫登場、山猫のタバコ、どんぐり登場、裁判開始、どんぐりの群衆、山猫のアップ、一郎の提案、山猫のアップで申し渡し、裁判の終了、お礼、馬車での帰路。そして奥付に茶色くなったどんぐりを持つ一郎。
馬車別当は、なかなかにインパクトがあります・・・無視のできない存在感。言葉の通りに子どもが描いたみたいな素直さもあり、突き抜けてユーモラスにも思えますが、これをどう捉えるかが、好みが分かれるところかなと思います。
いっぽう山猫は、堂々とした登場から、すでになんとなく間の抜けた感じ。ころころと表情や態度がかわって、なんだか人間味があって憎めません。
絵は、泥絵の具を用いて描かれているそうです。田島征三さんならではの大胆な構図はお話を盛り上げるし、絵本らしい親しみと、物語の秘める得体の知れなさのバランスが絶妙で、世界観がちゃんと伝わります。赤いズボンのどんぐりたち、かわいいし!
ミキハウスの宮沢賢治の絵本シリーズは、メジャーなお話から他では絵本化されないようなめずらしいお話まで、なんと40作!しかも、絵を手がけるのは、現代の日本の絵本をひっぱっている錚々たる顔ぶれで、表現も革新的。物語とのマッチングもおもしろいです。
こちらから、絵本の中もすこし見られます。
高野玲子 絵「どんぐりと山猫」偕成社
一見おとなっぽいけれど、品がよく、素直にファンタジーの世界を楽しめる絵本
銅版画の技法で描かれた絵は、セピア色のような単色ながら、ページをめくるたびにすこしずつ風合いが変わります。
描かれる場面は、山猫からの手紙、栗の木、笛吹きの滝、擬人化されたきのこたち、木の上のリスの影、馬車別当登場、馬車別当との会話、山猫の登場、どんぐりたち登場、裁判のはじまり、どんぐりたちの争い、山猫の説得、一郎の提案と判決の申し渡し、名誉判事の申し出、お礼、馬車での帰路、家の前でどんぐりの枡を持って佇む一郎、そして奥付には踊り疲れて眠るきのこたち。
どのページの絵も、切り取られた光景が物語を象徴していて、見事。セピア色のグラデーションも相まって、とても幻想的です。
馬車別当はそれほどおかしな格好には描かれておらず、山猫もクセがなくいい人そう。擬人化されたきのこの場面は幻想的で、人格が宿っているかのようなどんぐりたちを見るのが楽しい。
おかしいことだらけのはずなのに、なぜか、これを読むとすんなりとすべてを受け入れられる。そんなファンタスティックな絵本です。
偕成社の宮沢賢治のシリーズは、絵本作家というより錚々たる画家のかたが絵を手がけています。組み木、油彩、版画などその技法も様々で、見事えがあります。
小林敏也 画 「画本宮澤賢治 どんぐりと山猫」好学社
絵とテキストが一体になって宮沢賢治の世界を構築する、おとなっぽい贅沢な画本
ライフワークとして宮沢賢治の童話を独特の版画ような手法で絵本化している小林敏也さんの、「画本宮澤賢治」シリーズの1作目がこの絵本で、1979年作です。
レイアウト、文字の書体や大きさ、紙の種類まで、それぞれの物語に合わせて、自身で決めているそうで、他のどの絵本とも違う唯一無二な印象と手触りがあります。
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この絵本を開いてまずおどろくのは、文字のフォントサイズが大きく、上下左右の余白少なく配置されていること。もう、それだけで、なんだかただならない感じが漂います。
そして、ページ数が55ページと多く、テキストが贅沢に絶妙なところで切られているのが、その余白も含め、効果的です。
黒と黄土色の2色のみの重ね刷り。でも、表現が豊か!
目に入る色がパッと変わったり、見開きで絵のみのページがあったり、ほとんど文字のページがあったり、同じ版で色などの重ね方の違う絵が続いたり、めくると同じ構図でズームされたり、ちょっとだけ変化したり。
ページが多いので、絵も多いのですが、絵にしなくていいところは絵にしていない。もう、どれもこれも、考えられているんです。
文字のサイズやレイアウトも含めて、全体がどこか普通じゃない空気なので、馬車別当も違和感なし。正面顔の多い山猫の圧、申し分なし。どんぐりの群衆感、満足。主人公の一郎の姿は、ラストに後ろ姿で描かれるだけなんですが、これもまたいい。
抑えた色合いでおとなっぽいですが、実は子どもにも、この物語の面白さがちゃんと伝わる絵本です。
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いかがでしたか?
浅くも深くも楽しめる宮沢賢治の作品。絵や構成によって、お話の印象が変わっていくのが、おもしろいですよね。懐の深さを感じます。
どれも全然違う趣きながら、それぞれにいろいろなよさがあり、選ぶのが難しい!ぜひ、それも楽しんじゃってくださいね♪
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