安房直子さんの物語が、とてもとても好きです。
どこにでもある毎日のとなりに、ちょっとふしぎな出来事への扉が用意されます。ファンタジックな出来事と、かくすことのできない性(さが)。その、相反するようなふたつが、色も香りも思いも香りたつ、美しい描写のなかに、同居します。
美しいだけじゃない。優しいだけじゃない。
子どももおとなも等しく持つもの、生きていく中で逃れたいけれど簡単には逃れられないもの、そんなかけらが、物語深めます。
町の裏通りに、小さい傘屋がありました。「かさのしゅうぜん」という看板がかかり、若い主人が、持ち込まれる傘の修理に明け暮れていました。
長く降り続いた雨があがったある日、いつになくたくさんのお金が手元に残った傘屋は、欲しいものをあれこれと思い浮かべながら町へと向かいました。すると、道ばたに水色の服の女の子が傘もささずに立っています。傘屋は、思いつき、この女の子に傘を作ってあげることにしました。
女の子が傘のために選んだ布は、とても美しい青い布。高級な、けれど、よい傘の作れそうな。
大変奮発したその素晴らしい青色の布で作った傘は、町で評判になり、いつしか傘屋は修理をことわり、ただ青い傘をせっせと作り続けるようになりました。
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童話の世界には、正しいものだけが住んでいるわけではない、それをはっきりと感じたのは、安房さんの物語が最初かもしれません。そして、いつも正しくなくても、世界は受け入れてくれている、と思ったのも。
評判におぼれた傘屋は、いつか、また、別の評判にのまれます。
清らかな心だけが、異世界への扉を開く鍵ではない。
安房さんの物語の登場人物は、ときには、自分の欲にあらがえずに、道を違えます。でも、そこで、物語の色は変わることはなく、その続きに、地に足のついた結末が用意されています。
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梅雨のころに街を彩るあじさいの色の絵本。
上の画像にある本は、1983年に岩崎書店から刊行されたものです。今年、同じ南塚さんが絵を全面書き直して、小峰書店から新版が刊行されました。
きれいな色の銅版画の新版も素敵ですが、私は、余韻が、ほわっとした細い雨の向こうのあじさいに紛れていくような、昔のパステル画の挿絵が、物語に合っていて好きでした。
【この本のこと】
「青い花」
安房直子 作
南塚直子 絵
小峰書店
(上の画像は岩崎書店版)
【どんな人におすすめ?】
読んであげるなら、5、6歳くらいから。
安房直子さんの物語は、いろいろな形の物語集でも出ています。読み聞かせにもおすすめなので、ぜひ、手にしてみてください。