ある、サーカス団がありました。
そこには、ひとりの道化がいて、いつも、自分の前に曲芸をするクマのオレゴンを、見ていました。ぼんやりと、子どものころの感覚を、思い出しながら。
ある日、いつものとおり、演目を終えたとき、オレゴンが道化に話しかけました。
「ねえデューク、ぼくを大きな森まで連れてっておくれ」
そしてふたりは、最後の演技をすませた、闇夜の中、余分な荷物をもたず、出発します。
いくつもの街をヒッチハイクで抜け、オレゴンの故郷の、エゾマツのきれいな森を目ざして・・・・
もう、忘れてしまうくらい、ずっと昔から、ほんとうの自分以外の何かを演じ続けてきたふたり。
ほんとうの自分とは何か、たとえ忘れてしまっても、本能は求め続け、突き動かします。
きっと、だれも、それを失っては、生きてゆけない。
心に古く染み付いたしみを、1枚ずつ落としながら、人のぬくもりや友情や広い空を、あたらしく身にまといながら、過去や現実をあたたかな色で塗りかえながら、旅を続け、無事にオレゴンを送り届けたデュークは、ようやく、自分の時間へもどる扉へ手をかけ、歩みだします。
決してとれることのなかった、赤い鼻を、雪の中に、残して・・・
哀愁のあいだから、ほんの少しだけ見えていた希望が、全編に染み渡っていく。
旅の中で、大きく広がる光景が、彼らの心を映す、ロードムービーのような絵本です。
【この本のこと】
「オレゴンの旅」
ラスカル 文
ルイ・ジョス 絵
山田兼士 訳
らんか社
【だれにおすすめ?】
小学校高学年くらいから。
読んであげる絵本ではなく、自分で読む絵本。というより、絵と文章の合わさった文学です。
自分が自分であることは、これほどまでに切実に、必要なことなのだと、思い知ります。
言葉のないラストシーンが、深く印象に残る、映画のような絵本です。
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